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代表のストーリーについて

ミラノオートサービス
代表取締役
野田 拓志

フェラーリ「ディーノ」との出会い

1965年、愛媛県松山市に生まれた私は、父の仕事の関係で兵庫県神戸市で学生時代を過ごし、18歳でアメリカの大学に進学しました。
ある日、アメリカで旅をしている途中、立ち寄ったガソリンスタンドの片隅に、一台の真っ赤なフェラーリ「ディーノ」が佇んでいました。それは幼少期から憧れていた夢の車。その美しいスタイリングと、エンジンが奏でる魔法のようなサウンドに心を奪われ、「いつかこんなフェラーリを扱う輸入車専門店を作りたい」と強く心に誓いました。
その忘れがたい出会いこそが、後に私が「ミラノオートサービス」を立ち上げる原点となったのです。

中古車輸出で世界へ羽ばたく

「ミラノオートサービス」は、兵庫県神戸市で中古車販売店としてスタートしました。ちょうどバブル景気の時代、高級車は手間をかけずとも次々に売れ、事業は急成長。海外輸出にも乗り出し、日本国内の国産車・欧州車を世界30か国以上へ送り届けるまでになりました。
月間100台以上の中古車を輸出する規模に達し、やがて取引台数は300台を超えるほどに拡大。会社の年商は数十億円規模に成長し、まさに順風満帆な日々を送っていました。

奈落の底への転落

ある日突然、すべてが崩れ落ちました。私は信頼していた友人の連帯保証人になっていました。しかし、その友人が自己破産し、私に数億円もの負債が降りかかったのです。
財産はすべて失い、自宅も手放さざるを得なくなりました。娘の学費すら払えず、彼女は学校を辞めざるを得ない状況に。行き場を失った家族と共に、路上生活が始まりました。
お腹をすかせた娘に満足な食事を与えることもできず、一つの菓子パンを分け合い、公園の水で空腹をしのぐ日々。絶望の中で、自ら命を絶つことさえ考えました。

救いの手を差し伸べた仲間たち

そんな時、かつての仲間たちが助けてくれました。
彼らは輸出用の車を見つけてきてくれたり、新しい取引先を紹介してくれたり、銀行の支援を受けられるように奔走してくれました。そのおかげで、私は何とか再び車の輸出を続けることができました。
一台ずつ、地道に仕事を積み重ね、借金を少しずつ返済。途方もない金額でしたが、諦めずに努力を続けた結果、10年の歳月をかけて、ようやくすべての借金を完済することができました。

夢の実現—地元での中古車販売店経営

借金を完済した時、私は選択を迫られました。輸出業をさらに拡大する道もありましたが、私は「お客様と直接向き合い、喜びを共有できる仕事」を選びました。
最初にフェラーリ「ディーノ」を見た時の衝撃、初めてBMWを手にした時の喜び—それをお客様にも味わってもらいたい。
そんな思いから、私は地元・愛媛県西条市に戻り、「ミラノオートサービス」を立ち上げました。お客様の車が故障した時は自ら引き取りに行き、直接対応する。顔が見える距離で商売をしたい。大手貿易会社ではなく、お客様一人ひとりと向き合うことにこそ、私の情熱があったのです。

代表のメッセージ

今、私は学生時代からの夢だった「ミラノオートサービス」を運営しています。ここで何より大切にしているのは「妥協しない買い付け」です。
お客様が車を受け取るときに、心から「ありがとう!」と言ってもらえるような車を届けたい。その想いで、一台一台にこだわり、仕入れ・整備・販売をしています。
何よりも、お客様が笑顔になってくれること。それが私の一番の喜びです。
そして今、それを家族と一緒にやれていることが、私の誇りです。

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